飽きたらお休み


昭和20年8月6日

昨夜、涙そうそうプロジェクト・ドラマ特別企画「広島・昭和20年8月6日」を観ました。

1日経った今も心の中に重いものがのしかかっています。

詳しい内容は公式サイト↑観ていただいたら分かるんですが、
ドラマが済んでエンドロールが流れている後ろに、被爆した人たちの生々しい写真が

出てくるのが胸締め付けられました。

ドラマのストーリーとともに、米軍が原爆投下に至るまでの過程を
テロップで流していくのですが、これが実に効果的なんですよね。

当時投下予定地は5つほどあって、そのうち2つが選択されたんですが、
長崎は小倉の天気がよくないために長崎に変更。

原爆はもう60年も前のことといっても、そう考えたら
もしも小倉に原爆が投下されていたら私は今ここにいないんだということを

あらためて思い知らされました(うちの親、小倉)。

私も高校まで広島の学校でしたので、他の都道府県に比べ
戦争や原爆といった問題には触れたり学んだりする機会は圧倒的に多かったと思います。

その中でも1番最初にヒロシマの原爆を意識するようになったのは「はだしのゲン」
超有名な反戦漫画です。

みたことない方ははだしのげんBGがうるさいけど・・・

小学生のとき親戚のお姉ちゃんに読ませてもらった(もちろん広島に住んでた親戚)んですが、
あまりに重くて、今でもこんなにヘビーな漫画、よっぽど気力体力の充実しているときでないと読めないのに、読破しました。

まだそんなに戦争に対する明確な考えも持っていなかったし、漠然と「ひどいこと」くらいにしか
考えていなかったころにこの漫画を読みました。

まず現実の話であるということ、絵柄がリアルだったということなど理由はいろいろ
ありますが、どぎもを抜かれました。実に大きな影響を受けました。

読破してから今もヒトコマヒトコマが脳裏に焼きついているようで、
今でも、はだしのげんを本屋などで
目にしても、怖くて手に取ることすらできないんです。

そう、そのはだしのげんを読んだときのことをこの涙そうそうプロジェクト観て
思い出しました。

60年だから、区切りの年だからというのではなく、8月6日だからというのではなく、
日々、こういう問題は、誰もが心のすみにおかねばならないんだと痛感。

戦争から生まれてくるものなんてなにもないです。
人や動物、建物、文化、芸術すべてをなくし、なくすだけでなく、
憎しみや悲しみ、絶望感を生むだけの行為です。

分かっているのに歴史はそのくり返し。
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by besame-mucho | 2005-08-30 21:42 | ニュース

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心地よい刺激を求めて
by besame-mucho
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